大判例

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福岡高等裁判所 昭和50年(う)438号 判決 1976年3月15日

主文

原判決を破棄する。

本件被告事件を三角簡易裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、検察官亀井義朗が差し出した控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対し次のとおり判断する。

所論は要するに、原判決は、定員外乗車が本件事故の原因であり、本件業務上過失傷害の事実(訴因)はその結果であるとして、その間に牽連関係を認めた点において、事実を誤認した違法があるものというべく、この違法な事実認定を基礎にして、さらに定員外乗車の道路交通法違反の罪と本件業務上過失傷害の罪とは牽連犯であるから、被告人は、道路交通法一二五条二項四号に規定する「当該反則行為をし、よつて交通事故を起した者」に該当するので、反則者から除外されるべきであるとし、さらに反則金の通告処分がなされたのは違法な処分であるとした点は、刑法五四条一項後段ならびに道路交通法一二五条二項四号の解釈適用を誤つたものというべきであつて、これらの違法は、明かに判決に影響を及ぼすものというべく、違法に公訴を棄却した原判決は破棄を免れ難い、というのである。

そこで、記録にもとづき検討することとする。

本件起訴状記載の公訴事実は「被告人は、自動車運転の業務に従事するものであるところ、昭和四九年一一月二四日午前一一時三〇分ころ、軽四輪貨物自動車を運転して、熊本県宇土郡三角町大字波多字宮崎、山本十蔵方みかん畑先道路上を、宮崎部落方面から山上方面に向け時速二〇キロメートルないし三〇キロメートルで進行中、進路の前方、左右を注視し、ハンドル、ブレーキの操作を適正になし、安全な運転をなすべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、変速機の操作に気をとられその方を見ながら右手でハンドルを持つたまま前方左右の注視をしないで前記速度で進行した過失により、ハンドルを右にとられ道路右側に自車が移行しているのに気づかず、自車を道路右下のみかん畑に転落させ、よつて自車に同乗していた妻杉本正子(当二四年)に加療約一九日間を要する頸椎捻挫の傷害を、同山本ひとみ(当二一年)に加療約六ケ月間を要する第一二胸椎脱臼骨折などの傷害をそれぞれ負わせたものである。」というのであり

これに対し、原判決は、本件事故は、被告人が自己の軽四輪貨物自動車に自己以外に二名を乗車させて運転し、定員外の乗車をしたため窮屈になり、チエンジレバーが足に触れて操作できなくなるおそれがあつたので、乗車している者に腰かけ方に配慮するよう指示しなければならない注意義務があるのに、何等の指示もせず漫然と運転したため自車を道路下に転落させたため発生したもので、定員外乗車は、本件事故の原因をなしているので、定員外乗車の道路交通法違反と本件業務上過失傷害は、刑法五四条一項後段の牽連犯の関係にあり、かつ道路交通法一二五条二項四号に規定する「当該反則行為をし、よつて交通事故を起した者」に該当するので、被告人は反則者から除外されるべきであるのに、反則金納付の通告処分がなされたのであつて、この違法な通告処分を適法として起訴された本件公訴提起の手続は、不適法、無効なものであるとして、刑訴法三三八条により公訴棄却を言い渡したことは、いずれも所論の指摘するとおりである。

<証拠>を総合すると、被告人は、昭和四九年一一月二四日、妻杉本正子(当時二四年)の実家である熊本県宇土郡三角町大字波多宇宮崎、山本十蔵方の密柑畑に、妻正子とともに密柑採取の加勢に行つた際、同日午前一一時三〇分ころ、昼食をとるため妻正子の実家に赴くべく、軽四輪自動車(乗車定員二名)に妻正子および同人の妹山本ひとみ(当時二一年)を助手席に同乗させ、妻正子は座席の中央に、山本ひとみは座席の左端にそれぞれ座席を占め、被告人が同車を運転して、密柑畑の空地を発進し、直ちに道路に出て宮崎部落方面を背後にし、山上方向に向つて時速約二〇ないし三〇キロメートルで進行し、間もなく変速の操作にかかつたが、同所付近の道路は、幅員約四メートルで、その中央部約三メートル幅に舗装され、その両外側は各約0.5メートル幅の未舗装部分となって、道路の両側はいずれも急な斜面となつており、道路東側の法下は密柑畑となつていて、密柑畑の地面から路面までの高さは、約2.9メートルであり、万一操縦を過つて自動車が道路外に出るようなことになれば、忽ち道路下に転落するおそれのある危険な場所であつたのであるから、自動車の運転に従事する者としては、かような場所で変速を行うについては、進路の前方ならびに両側方に注視を怠らないのは勿論ハンドルならびにブレーキの操作を確実にして進行し、自車を道路路下に転落させることのないよう、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務が生じていたことはいうまでもないところである。しかるに被告人は、変速を行うため左手でギヤーチエンジレバーを握つて作動させようとしたが、妻正子の座席の腰かけ方が悪く、同人の大腿部付近にレバーがつかえて十分に作動させることができなかつたため、その操作をあせり、レバーにのみ目を向けて前方ならびに左右両側の注視を怠り、右片手のみでしかも不確実なハンドル操作をしつつ前記速度のまま進行した過失により、自車を道路右下の密柑畑に転落させ、その衝撃により、妻正子に対し治療日数約一九日間を要する頸椎捻挫、山本ひとみに対し入院加療約九か月間(傷害の程度については訴因は六ケ月間となつているが、証拠上は九ケ月間であることが窺われるところである。)を要する第一二胸椎脱臼骨折および脊髄損傷の各傷害を負わせた事実を認めることができるところであり、右認定を覆し得る証拠はない。

右認定の事実によると、本件事故発生の原因は、被告人が前方ならびに側方への注視を怠り、かつハンドルならびにブレーキの確実な操作をしないで時速約二〇キロメートルないし三〇キロメートル位の速度で進行を続けたためであつて、同時にこれが過失の内容をなしていたものといわなければならない。原判決は、過失の内容をなす事実について、明かに判決に影響を及ぼすべき事実誤認の違法があるものといわなければならない。

さらに司法警察員出口忠義作成の捜査報告書、同交通事件原票、被告人の原審公判廷における供述を総合すると、被告人が前叙のごとく被告の妻正子および山本ひとみを同乗させて前記自動車を運転した定員外乗車の道路交通法違反の行為により、反則金納付の通告処分を受け、本件起訴前に、既に反則金を納付していた事実を認めることができる。

そこで右定員外乗車が被告人の前記自動車の操縦に及ぼした影響ならびに本件転落による事故の発生との関係を考えてみると、被告人が前叙のごとくギヤーチエンジレバーを動かそうとしたが、レバーが被告人の妻正子の右大腿部付近につかえたため十分に作動させることができなかつた原因は、定員外乗車よりも寧ろ被告人の妻正子の座席の腰かけ方に十分に意を用いなかつたことがその大半を占めていたものというべく、このことは杉本正子の司法警察員に対する供述から明かに推測されるところである。しかもそればかりでなく、ギヤーチエンジができなかつたことによつて直接招来される結果について推測し得ることは、被告人が原審公判廷で供述したごとく、進行方向は道路がかなり急な上り坂となつていたため、被告人の操縦する前記自動車は或程度坂を上り得ても、次第に上坂力を失ない遂には自然に進行を停止するに至つたであろうということだけであつて、それ以外に右自動車を道路下に転落させる原因になつていたとは到底考え得ないところである。ギヤーチエンジレバーが被告人の妻正子の大腿部につかえたことが、被告人の前叙の過失を誘発せしめる一条件となつていたことは否定し得ないところあるが、ギヤーチエンジレバーがつかえたのは、前叙のごとく被告人の妻正子の座席の腰かけ方に十分に意を用いなかつたことに主たる原因があつたものというべきであるから、定員外乗車が被告人の過失を生ぜしめる原因となつていたものとはいい難く、さらに必ずしもその条件となつていたものとも断じ難いところである。

このように観察して来ると、定員外乗車と交通事故たる本件業務上過失傷害との間に、原因、結果の関係の存在を肯定することは到底許容され得ないものといわねばならない。しかるときは、前記定員外乗車による道路交通法違反の反則行為と、本件業務上過失傷害の犯行との間には、いわゆる牽連犯の関係はなく、敢えて罪数の関係からいえば、両者は併合罪の関係にあるというほかはない。

道路交通法一二五条二項四号に「当該反則行為をし、よつて交通事故を起した者」と規定する法の趣旨は、当該反則行為と交通事故との間に、原因、結果の関係のある場合を定めたものと解するのを相当とし、かつ交通事故が何等かの犯罪を構成する場合であることを必要としないものであり、いわんや反則行為と交通事故との間に罪数関係(科刑上の一罪若しくは併合罪)のあることは、同号の適用に何等の影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。果してそうであるならば、前記定員外乗車と本件業務上過失傷害との間に原因、結果の関係がない以上、被告人は「反則行為をし、よつて交通事故を起した者」には該当しないものといわざるを得ないのであつて、被告人に対する前記反則金納付の通告処分は、もとより適法有効なものであるばかりでなく、かかる通告処分の存在は、反則行為と科刑上一罪の関係にない本件業務上過失傷害事件の公訴の提起について、何等の訴訟障害事由となり得るものではないから本件公訴を無効ならしめるものではないといわなければならない。

しかるに、原判決が定員外乗車の反則行為と本件業務上過失傷害罪とを刑法五四条一項後段の牽連犯とし、さらに被告人は道路交通法一二五条二項四号所定の、反則行為をしよつて交通事故を起した者、に該当するとし、かつ被告人に対する反則金納付の通告処分は違法であるが、その存在は訴訟障害事由に当るとして本件公訴を棄却したのは、前叙の事実誤認を前提として、刑法五四条一項後段、道路交通法一二五条二項四号刑訴法三三八条四号の解釈、適用を誤つた違法があり、これらの違法は、明らかに判決これらの違法は、明らかに判決に影響を及ぼすものといわなければならない。

なお付言すると、かりに観点を変え、原判決の説示するごとき定員外乗車と本件業務上過失傷害たる交通事故との間に原因、結果の関係の存在を肯定する観点から考察した場合(当裁判所としては、仮定的にでもかかる判断を支持するものではない。)、被告人は、道路交通法一二五条二項四号に該当し、反則者とはなり得ないのであるから、被告人に対しては、反則金納付の通告処分はなし得ない筋合にあるものというべく、たとい被告人に対し反則金納付の通告がなされても、到底違法たるを免れ難いところであるから、この点原判決の説示に異論を容れる余地はないが、しかし、右処分の瑕疵の程度は、重大かつ明白というべきであるから、右反則金納付の通告処分は当然に無効というほかはない。しかるときは、右反則金納付の通告処分の存在は、たとい反則行為と本件業務上過失傷害との間に牽連犯の関係がある場合であつても、後者の罪について公訴を提起するのに、何等障害事由となり得るものではないから、本件公訴の効力に何等の影響をも及ぼし得るものではなく、もとより本件公訴の効力を失わしめものではないといわなければならない。原判決が前記通告処分を違法と判断しながら、本件公訴提起の手続は違法であると判断したのは、結局刑訴法三三八条四号の解釈、適用を誤つたものと断ぜざるを得ないところである。

結局、原判決には、事実誤認ならびに法令適用の誤りがあり、違法に公訴を棄却したものというべく、所論は、いずれも理由がある。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八二条、三八〇条、三七八条二号により原判決を破棄し、同法三九八条本文の規定に従い本件被告事件を原裁判所たる三角簡易裁判所に差し戻すこととして、主文のように判決する。

(藤原高志 真庭春夫 金沢英一)

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